
安定の「列車」を降りて、キャリアコンサルタントとしてチャンスを掴み取るまでのハップンスタンス
よのなか大学のホームページをリニューアルいたしました。代表の 工忠 (くちゅう)です。この新しくなった場所で、私が最初にどうしても語りたかったストーリーがあります。それは、私自身の「選択」のこと。
今、毎日子どもたちのために全力で駆け抜けながらも、ふと「学校の外の世界を見てみたい」「でも、自分には何もないんじゃないか……」と、
一人職員室で立ち止まり、未来にモヤモヤを抱えている先生へ向けて、心を込めて書きます。
1. 葛藤 : 退職の日に突きつけられた、ある人からの「痛烈な一言」
53 歳での早期退職。30 年勤めた教員を辞めると決めたとき、私はある方にこんな胸の内を明かしていました。
「今、学校に苦情を言う保護者が増えている。でも、そういう保護者が学校に激しい言葉をぶつける前に、その手前で誰かがじっくり話を聞いてあげられる場所を作れないだろうか。」
現場で苦しむ親御さんや先生たちを見てきたからこその本音でした。しかし、その方から返ってきたのは、優しくも私の本質を突く、痛烈な一言でした。
「退職して何も肩書がなくなったあなたに、人はわざわざ悩みを話すでしょうか。傾聴できる確かなスキルがあるか、あるいは何らかの形になる資格がないと、人はあなたに大切な相談をしないと思いますよ。」
「先生」という大きな肩書を脱ぎ捨てようとしていた私にとって、それはハッとさせられる瞬間でした。学校しか知らない自分。だけど、「人の話を聴くこと」なら 30 年間毎日やってきたじゃないか……。
私は大阪に戻ると、すぐにその資格―キャリアコンサルタント―について調べ、迷うことなく養成講座に申し込みました。退職した年の 7 月には講座の席に座り、必死に学びを重ねたのです。
2. 転機 : 「みんなのために」が引き寄せた、NTT グループ 3 社とのご縁
資格を取得してすぐ、最初のハップンスタンス(偶然の転機)が訪れます。きっかけは、同じ養成講座に通う仲間との繋がりでした。
講座が終了すると、試験に合格するために受講生同士でロールプレイングの練習を行います。私は「自分が受かるため」だけではなく、「一緒に学んだみんなで合格したい!」と思い、自ら何度も練習会を企画し、開催し続けました。
すると、その練習会に参加していた仲間の一人が、たまたま NTT ドコモの社員の方だったのです。当時、社内にキャリア面談の仕組みを作ろうとしていたその方から「社外の相談員をやってもらえないか」と声をかけていただき、よのなか大学の社外相談がスタートしました。
さらに、ドコモでの誠実な面談実績が信頼を生み、「NTT 西日本」、そして「NTT 東日本」へと次々にバトンが渡り、気づけば NTT グループ 3 社の社外面談を請け負うようになっていたのです。
3. 壁と超克 : 初めての企業面談、15 分から 60 分への挑戦
とはいえ、最初は本当に緊張しました。それまで試験用の 15 分間のロールプレイングしか経験がなかった私にとって、60 分間ビジネスパーソンの話を聴くというのは、未知の長さだったからです。学校とは違う、会社員のキャリアという世界への戸惑いもありました。
さらに、教員は知らず知らずのうちに「答えや解決策を提示する(ティーチング)」を行ってしまいがちです。目の前の大人のキャリアに寄り添うなかで、その「教える癖」を抑えることにはとても苦労しました。
乗り越えるために意識したのは、ただひたすらに「聴く」ことに集中する、これに尽きることでした。
相手の言葉の奥にある「主訴(本当に悩んでいる本質)」を丁寧に掴み、一緒に解決方法を探っていく。ただそれだけを意識し続けたことで、会社員の方々からも深い信頼をいただけるようになっていきました。
4. 加速 : 出版イベントから大学の教壇へ、教員経験が「武器」に変わった瞬間
私のハップンスタンスは、これだけでは終わりません。
まだ資格の勉強中だった頃、私はある書籍の出版記念イベントに参加しました。そこでたまたま近くの席になり、グループワークを共にした方が、なんとカードを使ったワークショップの主催者だったのです。
「今度参加しませんか?」と誘われ、面白そうだと何度も参加するようになりました。
するとある時、そのワークショップで一緒になった方が、大学でキャリアデザインの講師をしていると知ります。「私が所属している講師会社を紹介しましょうか?」と言われ、私は迷わず「ぜひ!」と即答しました。
そこからの展開は目まぐるしいものでした。会社の代表との面談を経て、念願の大学講師デビュー。さらに、私の公務員(教員)としてのバックグラウンドに目を留めた会社から「公務員試験の面接対策はできないか?」と打診され、私はまたも「できます!」と即答したのです。
そこから、模擬面接、自己理解、受験先研究、論文対策、SPI 対策まで網羅する公務員対策のプロ講師となり、現在は複数の研修会社でも講師を務めています。
企業面談では「教える癖」に苦労しましたが、大学の教壇では、30 年の教員生活で培った「分かりやすく教えること」「合格するまでお節介に面倒をみること」が、そのまま他には真似できない強力な武器になりました。働く場所が変われど、私の教員経験は、何一つ無駄になっていなかっ
たのです。
5. 結び : チャンスを掴むのは、「行動」と「飛び込むこと」
教員を辞めてからここまでの私の道のりは、まさに『プランド・ハップンスタンス(計画された偶発性理論)』―偶然の出会いや一言をチャンスに変えていくこと―の連続でした。
なぜ、学校しか知らなかった私が、これほど鮮やかに次々とチャンスを掴めたのか。理由はたった一つです。
「行動する」こと、そして、「これは」と思ったら迷わず飛び込んでみること。それに尽きると思っています。
もし私が、あの退職の日に「肩書がない」と言われて落ち込んでいたら。仲間との練習会を主催していなかったら。出版イベントの誘いを断っていたら。大学講師の話に「自分には無理です」と縮こまっていたら。今の私は絶対にいません。
学校の外の世界に出ることは、決して「脱落」でも「終わり」でもありません。あなたの 20 年、30 年の教員経験を、喉から手が出るほど求めている「よのなか」が、一歩外に出れば確実に広がっています。
難しく計画を立てる必要はありません。まずは「動いてみる」こと。そして目の前の偶然に「飛び込んでみる」こと。
ひとりで職員室で悩まないでください。
まずはその胸の内を、私に聴かせてくれませんか?あなたの最初の一歩を、私はいつでもここで待っています。
コメントを残す